【本文中の()カッコ内は原文では振り仮名です】

 蜻蛉のゆくえ          内田 亨

 山口誓子の句に
  日が没(い)りてとべる蜻蛉のゆくへはや
 というのがある。夕方蚊柱がたつと、大きなギンヤンマが来て、蚊の群の中を波のような線をえがいて飛んでいるのをよく見るであろう。二三匹のこともあり、時には十数匹のこともある。このような情景が見られるのは夏の終りのころである。日中の暑さははげしいが、夕方になると涼しくなってくる。源氏物語の「蜻蛉」の終りの所に「つくづくと思ひつゞけ、ながめ給ふ夕暮、かげろうの思はかなげにとびちがふを」という句があるが、感傷をよび起こしやすく、寂寥をともないやすい晩夏の夕暮にトンボのあわただしい飛び方を見ていると、さらにその感じがひろがってくるような気がする。こんな時に暗くなってもまだとんでいるトンボは夜になったらどうするのだろうかということは人々の思いつきやすいことである。
 自分はまだ小学校の生徒であった時に、蚊柱の中に飛んでいるトンボが晩くなるにつれて一匹へり、二匹へってゆくのを見ていた。そして最後に一匹か二匹のこったトンボの行くえを薄くらがりで蚊にさされながら注意して見ていた。だんだん暗くなって、一二尺さきの物がほとんど見えなくなるころ、今まで手のとどかないほどの高さを飛んでいたトンボは急に下にまいおりてきて、木の茂みに入ってゆく。そして低い枯れた枝などにとまる。もしこの時よく見ようと思って少しでも近ずいてゆくと、すぐ飛び出して暗闇の中に消えてしまう。またトンボは一度とまったと思っても少しすると、また飛び出してその付近の他の枝へとねむり場所をかえるものである。
 トンボが暗い茂みの中に入った時に、普通の眼ではもちろん見ることは困難であるが、よくなれた眼には、動いている間はトンボの胸ことに腹のつけ根のところが、少し明るく見えるので、そのとまった場所をよく見定めておくのであるが、もちろん身を動かすのもごく静かにしないとトンボはすぐにげてしまう。しかしトンボは、とまってから二、三分位の間は用心深くて風が吹いたり、また一寸近ずいても、にげてしまうが、七、八分にもなると、すっかりねむってしまうらしい。それで三十分もしてから、懐中電燈をつけてさがすと、手ですぐ捕えることができる。
 夕方になって蚊をたくさん食べたトンボはすっかり暗くなる前に、木の茂みの低い所にとまって、夜中をやすんですごすのである。たとえその夜に雨が降っても、風が吹いてもおそらくその場所を変えないでいるのであろうと思う。ではいつ起きるかというと、明け方だんだんと明るくなって薄あかりとなった時に飛び出すらしい。蚊もその時に夕方ほどではないが群ってくるのである。またひとわたり蚊を食べた後では、今度は低い所や木の茂みにはとまらない。一寸手のとどくことのできないほどの高さ、国旗の棒でようやくとどく位の高さで、朝日のよくあたるカシの並樹やサワラの庭木などに、はりつくようになってとまっていて、その翅をすっかり乾すのである。しかし、これは晴れた日のことであって、雨などが降っていると、木の茂みなどにとまることが多いのである。
 蜻蛉の行くえ、あのように小さいが、翅をもっている虫の行くえは、興味を、感傷を人々によっておのおのよび起すものであろう。

   (昭和29年7月22日 森林商報 新33号)

【内田 亨[とおる]】
 1807年、浜松市生まれ。当時(1954年)北海道大学教授。理学博士。著書に「蜜蜂と花時計」「魚の感覚」など。この随筆は山口誓子氏のもの(すでに掲載しました)をうけて、特に寄せられたものとのことです。


内田 亨:『蜻蛉のゆくえ』   自筆原稿
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