蜻蛉と江戸文学         尾崎久彌

 蜻蛉と江戸文学、すぐ私の頭に思い浮んだのは、滑稽本の一種に、非情な鳥獣虫魚の類を人間的に扱ったもののあることである。こうした擬人物語は、古く江戸初期の「仮名草子」にも見受ける。が、こうした鳥獣虫魚の類を人間の生活を与えたり、または人間として描破したのは滑稽本である。つまり人間化の著じるしきものである。
 山東京伝(さんとう・きょうでん)の滑稽本としての名作の一に、『逢夢石』(おうむせき)の初・二・三編の三冊ものがある。文化六年(1809)に初、文化七年(1810)に二・三編を発行している。この作、挿絵は、初代豊国。絵はそれぞれ、高座に於ける、噺家(はなしか)のおどけた扮装身振りの如く、それぞれの物(虫魚の類)にやつした人間の姿である。
 その三編の第一に「蜻蛉(とんぼう)道に迷って小児(こども)を呵る(しかる)」がある。こんな描写である。

 「子ども大勢。「やんまけしやんまけし。そっちにゃァ道がねへ、こっちにゃァ道が有る。」トはやせば、「やんま。あっちへ飛び、こっちへ飛びして、口小言(くちこごと)に、「ばかばかしい、お前がたは、そっちにゃ道がねへといふから、こっちへ来れば、こっちにも道がねへ、そしてどっちに道があるのだナ。ア、聞こえたァ、俺にまごつかせようと思って、そんなことをいふのだの、惣別、お前方は、わりい悪戯(いたづら)をすらァ。俺が朝顔の竹の先にとまって、羽根をすぼめて、ちっと休まうと思へば、抜足をして来たり、雨落(あまおち)の蜆貝の中に溜ってゐる水をすはうとすると、おっ散らしたり、ちっと油断をすると、つかまへて羽根をもいだり、お前方ァ手習をさがると、いつでもこゝのあき地へ来て、俺が遊ぶ邪魔をすらァ。わりいこったぞ。そりゃ見ねへ、犬の糞を踏んづけたは。コレサあぶねへ。長竿でなぐってたまるものか。今そこへ行(い)くからまあ、その長竿をしまひねへ。しまったか、よしよし。今そこへ行くによ。ト云ひながらツイと飛んで、物干竿の高い所にとまり、大きな目をして「あかすかべヱ。

 以上。仮名が多いのを処々、漢字に更えた。うまいものだと云いたい。
 おくれて嘉永六年(1853)年初春版、瓢々亭泉成という名の男の、挿絵は芳虎(よしとら)画で「有情雑話」の初・二編がある。やはり滑稽本の類。この作、普通の書目類に洩れた、いわば珍。やはり逢夢石(京伝の)の類で、これは、虫が主である。その初編に「富坊」(とんぼう)がある。曰く、

 富坊は、富家(ふか)のお坊さんにして、とかく炎天の暑き処を歩きたがり、やんちゃん悪戯(いたづら)に乳母を困らせる虫気なり。又、物見遊山等に行く時は、すゞしの羽織涼しくして、出入(でいり)の鳶の肩先に高くとまる。親の恩愛深く、「かあいゝ」といふ言葉をよく聞き覚え、「蚊はいゝ」ものと心得たるゆゑ、蚊を取って食らふなり。

 といったもの。よく人間にしながらも、蜻蛉の生態を捉へている。京伝より更に巧みとも云える。(これも、処々、漢字に変えた。)
 挿絵に言及しなかったが、豊国のは、眼玉の大きな、網(あみ)目のシャツのようなものを一枚きり着た、下半は褌一つの男が両手を突張った形。芳虎のは、すずしの羽織で、これも大眼玉の坊(若息子)が、両手を突張り、ふわりと飛んだ形。これはあらい縦横の縞の着物、角帯を締めている。

        (昭和29年6月28日 森林商報新32号)

【尾崎久彌(1890−1972)】
 名古屋生まれ。楓水と号す。国文学、特に江戸文学者として令名が高い。著書に「江戸軟派雑考」「江戸軟文学考異」「近世庶民文学論考」「江戸小説研究」その他。また浮世絵研究の権威で、多くの優れた著書を遺す。「浮世絵と頽廃派」「浮世絵美人大首絵研究」はその代表作として著名。  


尾崎久彌:蜻蛉と江戸文学 自筆原稿
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