石神井のトンボ        加藤正世

 私がこの地に来て、驚き、且つ喜んだのは、蜻蛉が実に多いことだった。湿地の植物には、ヨツボシトンボが鈴なりという盛況で、その上空を低くトラフトンボが飛んでいる。そして間をおいて、アオトンボがまわってくる。
 なごやかな春の陽ざしにすねをかがやかせて、池から誕生した蜻蛉たちの、大饗宴の幕が開かれたのである。
 枯れ残った池のアシに羽を休めるベッコウトンボ、水面すれすれに、派手な装いを水鏡にうつしておまわりするクロスジギンヤンマ。ここ武蔵野の泉、三宝寺池はトンボの楽園である。涸れることなく四時美しい水をたたえ、下手の人工の池、石神井(しゃくじい)池に流れ人ってボートを浮かべ、更に水田をうるおして流れ去る。
 浅い石神井池は、水温も高く、絶好のトンボの成育場所となった。
 木々の若葉がようやく出そろう頃には、可憐なサナエトンボが葉上に姿を見せ、オオサナエモドキやヤマサナエが、それにまじって止っている。
 大空に鯉のぼりがゆうゆうと泳ぎ、老松のこずえにハルゼミのコーラスが流れはじめる頃は、石神井にも初夏が訪れる。いつしかヨツボシトンボも姿を消して、清流のあたりにはカワトンボの赤い羽と、アオハダトンボの黒い羽が入りみだれ、懐しいギンヤンマがぽつぽつと羽化をはじめる。
 コヤマトンボが青い眼を輝かせながら、路上をゆき来するのもこの頃だ。トンボの世界も日増しに賑やかとなる。

   追ひ越して又もどりくるやんまかな

 梅雨明けの頃になると、池畔の木陰にコシアキトンボが飛び交い、さらに街上にまで進出して、ニイニイゼミの声とともに夏らしさを深く感じさせてくれる。
 池辺をおまわりするオオヤマトンボ、杭の頭にじっと止るウチワヤンマ、水草にたわむれるコフキトンボ、あるいは緑のアシに止る真紅のショウジョウトンボ、濃紺に輝くチョウトンボなど、蜻蛉の世界は正にたけなわである。
 まだ小学生であった長男が、夕暮近くにだけ乱飛するマルタンヤンマの習性を発見して、多数捕えてきた。また彼は石倉秀次氏と採集の際日本で未採集のメガネサナエモドキを発見した。
 夏も終りに近づく頃には、街上にウスバキトンボが現われる。そして池畔の夕空には無類のヤンマ類が大群飛し、陽が落ちるまで空のページェントは続けられる。
 秋はアカネの世界である。アキアカネ、ナツアカネ、マイコアカネ、マユタテアカネ、オオキトンボなど。シオカラトンボとギンヤンマとは、春から秋に至るまで健在である。

   ぎんやんま飛びゆく先に雲の峰

 マユタテアカネに赤味を増し、キトンボの出盛りとともに石神井の秋は深まってゆく。
 ハネビロトンボ、オオエゾトンボ、サラサヤンマ、メガネサナエ等等、五十五種が発見されて、全国屈指の蜻蛉の産地、石神井公園のありし日の姿である。
 今はもう、この盛況は見られない。次々と姿を消し、その種類も十指に足りぬほどとなり、昔の栄華いまいずこの感が深い。その原因は何か、急激にふえた食用ガエルがヤゴをどんどん食べてしまうからであろう。
 水田では農薬に、池ではカエルに、その子供たちがどんどん殺され、トンボの数は年々へっている。まことに淋しいかぎりである。(一九五七・五・八)    

(昭和32年6月3日 森林商報 新56号)


【加藤正世(かとう・まさよ)】
 都立高校の教諭を務める傍ら、加藤昆虫研究所を設立。セミ類博物館を設け、セミ、トンボの分類学を主に専攻。著書に「とんぼの研究」「せみの研究」「日本の蝉」「昆虫採集手帳」等がある。

加藤正世:石神井の蜻蛉 自筆原稿
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