外国のトンボ          春山行夫

★日本のトンボ(百数十種)についてはいろいろ書いたものがあるが、外国ではトンボがどのように見られているかを、書いてみよう。
 大体の輪郭は百科全書に頼るのが便利なので、私は一番最初に、アメリカの中・高等学校で使っているコンプトン百科全書をひらいてみた。この百科全書は仲々よくできているので、私はそれから次のような知識を得た。

 トンボは少しも人間に危害を加えないのに、アメリカなどではそれを「馬刺し」と呼んで、馬を刺して苦しめる昆虫だと考えているし、「蛇を食む虫」だの「悪魔のかがり針」などとも呼んでいて、子供たちはお伽話でトンボがシッポ(それを針と見立てている)で両方の耳を縫い合わせてしまうと教えられる。
 トンボは、足をバスケット形に曲げて獲物を捉えると書いてあるが、このバスケット形という形容がよく生きている。二っの大きな目は頭の大部分を占めていて、一個の複眼に二万乃至二万五千の小さい眼があつまっている。目の数が多いので、獲物がはやく見付かる。
 トンボは英語でドラゴンフライ(龍の蝿)と呼ばれているが、その学名のアニソプテラは「比較するものがない立派な羽根」というギリシャ語である。おなじトンボの仲間でも、イトトンボや川トンボのようなやさしい種類は「オトメトンボ」と呼ばれていて、前翅と後翅がおなじ大きさなので、ジゴプテラ(一対の羽根)という学名を與えられている。両者を合わせてアメリカには三百種、世界中には二千五百種がとんでいる。
 トンボはなかなかのスピード選手で、なかには時速六十マイル位のものがある。羽根は後部の方が前部のものより大きく、ものにとまる時は羽根を広くひろげて停止するが、オトメトンボの類は行動がにぶく、羽根の大きさは全部おなじで、ものにとまっている時には、蝶のように羽根をたたんでいる。
 トンボの幼虫は水に住んでいるので、ニンフ(お伽話にでてくる水の精)と呼ばれている。母親トンボは水面を何回もかすめて、尾を水中にさしこんで卵を生みはなす。ある種のトンボは水草のながい莖に卵を産みつけるので、一本の莖に十万個位の卵がくっついていることがある。
 オトメトンボ類は、産卵の習性が少しちがっていて、水草の莖を切って、その切り口に「産卵具」という身体の一部を使って卵を生みつける。ある種のものは水中にノコノコ入りこんで、卵を生みつけるのに便利な場所を探してあるく。
 幼虫はトンボの種類によって一年乃至四カ年間水中に住み、成長するにしたがって十回乃至十五回脱皮する。また寒い間は川床の泥にもぐって睡っている。こんな苦労をして一人前になったトンボは、僅か数カ月間生きているだけである。

 幼虫の生活のところは省いたが、日本のトンボの本には現れてこないような事柄が、たくさんに書かれていて興味がある。
★昆虫に関する専門又は半専門の本を別にして、外国では『池を見よう』とか『小川の本』とかいった種類の本を探すと、トンボのことが書いてある。

   (昭和30年2月 森林商報 新39号)
【春山行夫[はるやま・ゆきお]】
明治35年生まれ。かつてNHKラジオ放送「話の泉」の同人。第一詩集「月の出る町」(大正13年)、以後多くの詩集、文学研究、評論、エッセイ集。


春山行夫:『外国のトンボ』   自筆原稿
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