【本文中の()カッコ内は原文では振り仮名、また下線は傍点です】

とんぼ          円地文子
 幼いころ私は飛ぶ蟲の中でとんぼが一番好きだった。とんぼは掴えると、頭も羽も胴もどこもこゝも乾いてゐて、水気のないまゝ、生々(いきいき)動いてゐるのが面白かった。
 蜂や蝶も、ひらひら飛んでゐる様子は、軽さうで乾いて見えるが、手にすると、胴はぶよぶよしてゐて、人間の肉体に似たものを感じさせるが、とんぼに限っては、どこをとっても金属か、紐や紙のやうで、人間嗅い感じがまるでしない。
 羽がうすく網目の線でつゞられてゐて、さわるとしゃりしゃり音がし、かすむほどふるはせるのも面白いし、眼が石のやうに青い複眼で、一色でなくくるくるまわるのも愉快だ。
  とんぼ釣 きょうはどこまで行ったやら
といふのは千代女の句であったらうか。
 秋になり立てのころ、新しい薄の穂の赤いのに、もう一際赤く染まった胴の赤とんぼがうるさいほど群れて飛ぶ川べりの風情は、ほんとうに子供がもち棹を持って、どこまでも逐ってゆくにふさはしい初秋の爽かさを湛えてゐる。

 平安朝の女流日記に「蜻蛉の日記」といふのがある。右大将道綱の母の書いたもので、作者がいく人も妻のある男の第二夫人?になってゐて、男の愛を独占することの出来ないなやみを綿々と書きつゞったものである。その中に「こんなになやましいおもひをしながら死にもせず、生きつゞけてゐる。身のはかなさは蜻蛉に似てゐて、この書いてゐるものはまことに蜻蛉の日記とでも名づけやうか」と記されてゐるが、この蜻蛉の意味はどうも、現在のとんぼとは違ふやうだ。とんぼとすれば、 とうすみ蜻蛉のやうな羽のうすい弱々しい種類のものゝことであらう。源氏物語の「宇治十帖」にも蜻蛉の巻があるが、これも浮舟の行方不明になったあとの生きてゐるか死んでゐるかわからぬ状態を名づけたものらしく、やっぱり、「蜻蛉日記」の蜻蛉と同じ意味であらうと思ふ。源氏には、「藤袴」といふ花の名なども出て来るが、それも今日の藤袴ではなく、蘭の一種をいってゐるのだときいた。ものゝ名も時代によって随分変わるものである。うっかり、字面(じづら)だけで解釈すると意外な間違ひをすることになる時がある。
  (昭和29年9月30日 森林商報 新35号)

【円地文子(えんぢ・ふみこ)1905〜1986】
 東京生まれ 上田万年の二女 小説家・劇作家 「ひもじい年月」で女流文学者賞 1985年文化勲章 代表作「妖」「女坂」「源氏物語・現代語訳」など。

円地文子:『とんぼ』 自筆原稿
※原稿をクリックすると大きくなります。


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